TOP / STORY TOP(re-rendaring dawn) / SCENE 017
3学期最終週、高校1年生として最後の月曜日。週末の終業式で、このクラスともお別れだ。
席に着くなり、朝の挨拶もなしに、キヨが興奮して話しかけてきた。
「なあイッタ!見た?liv.net見た?あのイラスト見た?」
きた。絶対にこの話題に触れてくると思っていた。予想的中。まさか…僕のイラストを描く趣味も、あのイラストは僕が描いたものだという事も、もしかして、キヨは知っていたのだろうか。心臓のバクバクする音が急激に大きくなる。
「う、うん、見たよ、女の子のイラストね」
「そうそう!それそれ!ええよねー!ivちゃん!イメージ通り!やろ?」
ivをイメージして描いたんだから イメージ通りなのは当たり前なんだけど、何て答えたら良いかわからず、うんうんと小さく頷くだけの なんだか不自然な返事をしてしまった。
「あのイラスト…なんと、オレがliv.netにアップしたんや!!!」
「はあああああ!!?」
今まで出した事のないほど大きな声を出してしまい、その声に驚いたキヨが座っている椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。クラス中の注目が一斉に集まる。
「おい、大丈夫!?」
痛そうに腰をさするキヨに手を差し伸べて引っぱり起こす。
「イッタ!びっくりしすぎやろ!オレもやけど!」
彼の言い方が面白くて、ついつい笑いがこぼれる。しかし、一旦早くなった鼓動はなかなか落ち着かない。
「…で、どういうことよ? あのイラストって…」
彼が座り直すのを待てずに、聞き返してしまった。
「ああ、だからあれ、オレが見つけてアップしたんよ」
キヨは椅子を元に戻し、今度は背もたれを両腕に抱え、しっかり体ごとこちらを向き、後ろの席の僕と正対して話を進める。
「そ、そうなの?」
「そうなの!あのイラスト、知ってた?」
「え、あ、いや」
もう、しどろもどろである。
「知らんやろうなーまだ超無名のイラストレーター作やし。まあオレもその人の事はあんまり知らんねんけどさ、イラスト投稿サイトに昨日アップされててさ、もう一目惚れ!!」
どうやらキヨは、そのイラストを描いた作者が今、自分の目の前にいるという事は知らずに、偶々、偶然、あのイラストにたどり着いたようだ。
「このイラスト「Brownie」さんって人が描いてて、オレ、何年か前からその人のイラストのファンでさ、ずっとチェックしてんのよ」
なんと!まさか!キヨだったのか…!
僕のアカウントをフォローしてくれて、イラストをアップすると、たまに「いいね」を押してくれる、数少ない、僕のイラストのファン。
まさか、こんな偶然があるなんて!
キヨが何気なく押してくれた「いいね」は、僕がイラストを描き続ける原動力のひとつだったし、あの「いいね」がなければ、途中で描くのを辞めていたかもしれない。
「そのイラスト、オレが描いたんだ!」「オレが「Brownie」なんだ!」と伝えたら、キヨはどんな顔をするだろう。こんなウソみたいな偶然、信じてくれるだろうか?
…でも…もしかしたら…今この教室で、みんなのイヤモニに聞こえるくらいの大きな声で、僕がイラストを描いていることをバラしてしまうかもしれない…。
「土曜の夜中3時頃さ、このイラストがアップされる瞬間にたまたまそのサイト見てて、ひと目見てビビっときたわけよ!タイトルも「iv」やから、Brownieさんもivをイメージして描いたんだろうし、間違いない!これこそivのイメージにぴったりや!って」
そうか、僕がイラストを描き上げ、アップしたあの瞬間に、キヨもたまたまサイトを見ていたから、翌朝すでにliv.netに転載されていたのか。
「で、liv.netにアップしてみたら、一晩でトップに表示されるほどの大騒ぎ!まあ無断転載になるんだけどさ…Brownieさんの作品がトップになるくらいたくさんの共感を得られて、有名になって、なんかオレも嬉しい!」
無断転載をARPに通報すれば、拡散されたもの含めすべての画像が即座に削除されるが、キヨの言う通り、自分のイラストが認められたような気がして、まんざらでもない気持ちもあり、昨日1日悩んだ末、結局 削除依頼は出せないでいた。
そして今、目の前の親友も認めてくれて、今や世界中のARPユーザーが同じように共感してくれている。
まるで夢のような話だ。嬉しさがこみ上げてきて、笑いながら泣きそうになる。
「ん、どうしたん?」
友人が僕の顔を見て訝しがるほど、表情に出てしまっていたらしい。
「う、ううん、なんでもない」
その日の授業は、何にも頭に入らなかった。
気がついた時は、自宅に帰り、自分の部屋で、liv.netに表示されている、自分の描いたivのイラストを ぼーっと眺めていた。
身体の芯がぼんやりと熱い。心臓がずっと、小さくドキドキ鳴っている音が聞こえる。
再びあの音楽を聴く。ivの歌。
そして、おもむろに液晶タブレットのペンを取った。