TOP / STORY TOP(re-rendaring dawn) / SCENE 016
エリザの頬を大粒の涙が止め処なく零れ落ちた。
liv.netに表示された少女のイラストが滲んで見える。
あの心地よい音楽のおかげか、久しぶりにぐっすりと熟睡した。目が覚めた時はすでに正午を少し過ぎていた。冷蔵庫からソーダ水の瓶を1本取り出し、ひと口飲んで喉の渇きを潤す。
加湿器のタンクが空っぽになっている。日本の冬はただでさえ乾燥する上に、ウィルス除去のための室内クリーニング装置がさらに部屋の湿度を下げる。
ウィルスの空気感染は、一定の湿度を保つ事で、ある程度抑制できると言われている。乾燥しやすい日本の冬は、室内クリーニングと共に、加湿器の並行稼働が推奨されている。
シャワーを浴び、ガウンを羽織って、アイギアをつけた。
今やliv.netがARPの起動画面のようになっていた。まるで起動音がわりのように、昨夜眠りに落ちる寸前まで繰り返し聴いていた、あの音楽が流れる。
同時に表示された“少女のイラスト”を見たエリザは息を飲んだ。
昨日まではなかった“少女のイラスト”。
自分の記憶の中にいる、15歳のイヴァ。
娘のイヴァが、まるでそのまま現代にいるかのように、マスクデヴァイスをつけた姿で描かれたようなイラスト。
顔だけじゃなくヘアスタイルまで当時のまま…イヴァにそっくりな“少女のイラスト”!
混乱する気持ちと同時に、涙が溢れ出た。ごちゃまぜになった感情も一緒に流れ出るように。
膝の力が抜け、床にへたり込んでしまった。
アイギアを一旦外し、肩にかけた 少し濡れたタオルで涙を拭う。こういう時は、アイギアがとても邪魔になる。
嗚咽と涙が落ち着くまでしばらくの間、耳の中に流れ続けていたあの音楽が、自分を優しく包み込んでくれるようだった。
再びアイギアを着け直し、あらためて“少女のイラスト”と向き合う。
どういう事なの。
1988年末、18歳でARPを完成させ起動した後、私は即座にARPのアシスタントAIの開発に着手した。いずれ世界中の人々がARPにアクセスできるようになった時、使いやすいようにガイドをするアシスタント機能があった方が良い。そう考えての事だった。
アシスタントAI「iv(イヴ)」の名称は、今でこそ「intelligent voice」の略称だが、開発当初 私だけは「imagine virus」と名付け呼んでいた。
ARPが あの名曲のように、世界へ平和を広めるウィルスであれと、想いを込めて。
約2年の開発期間を経て、ivの基本構造が完成した1990年、私は妊娠した。
1990年12月24日、クリスマスイヴの朝に生まれた娘に 私は「Iva(イヴァ)」と名付けた。
父親はいないが、私がこの子を幸せにしようと誓った。
イヴァとiv。
同じ年に生まれた、娘:イヴァと一緒に成長していくであろう アシスタントAI:ivにもまた 我が子に似た愛情を感じ、イヴァとivを、まるで双子の娘かのように大切に思っていた。
どこかの誰かがliv.netにアップした“少女のイラスト”に、世界中から「これぞivのイメージ通りだ!」「彼女こそivだ!」と称賛の声が書き込まれている。一緒に流れる音楽も相まって「まるでivが歌を歌っているようだ!」とも。
私も同感だ。私以上に同感な人は、世界中探してもいないはずの、同感だ!
だって、イラストで描かれた少女は、娘のイヴァにそっくりで、私が想像していたivの姿そのものなんだもの!
これはもう偶然ではない。奇跡だ。
心の奥底をずっと蝕んでいた、決して認めたくないとてもネガティヴな考えは、少女の姿を見たおかげで 全て消しとんだ。
イヴァは、生きている!この世界のどこかで生きている!
このイラストが、イヴァの生存証明になるわけではない事なんて、もちろん理解している。
けれど、なぜか直感的にそう感じるのだ。
イヴァは、必ず生きている!
何かを決心したエリザは、さっさと身支度を済ませ、マスクデヴァイスから電話をかける。
「Hello, ああ、そっちは夜中よね、ごめんなさい。お願いがあるの、ブルックス先生」
エリザの、止まっていた時計が、音を立てて動き出した。