ARPの不具合と世界の混乱は完全に収束し、それに伴ってARP有事緊急対策室も解散となった。
エリザに与えられた一時的なARPコアサーバーへのアクセス権などは再び取り消され、元の一般人と変わらぬ生活に戻っていた。
ARPコアサーバーのデータを自由に閲覧できれば、行方不明の娘:イヴァはすぐに見つけられるだろう。わざと復旧作業を遅らせて、その間にイヴァを探す作業をバレずにやるのも容易い。…そんな事を考えなかったと言えば、嘘になる。
しかし、ARPは世界の共有財産として作ったシステム。誰のものであってもいけないのだ。それがたとえ娘を探し出すためとはいえ、私個人のためにARPを独占的に使用する事は、開発者としての基本理念に反する。
娘のイヴァがここ日本で消息を絶ってから、20年もの月日が経ってしまった。
今は35歳になるイヴァも、私の中では15歳のまま。
15歳当時の写真をベースに、ARPでAI成長予測画像を生成すると、とても自分に似ていて、嬉しくなり、同時に止め処ない悲しみと後悔が襲ってくる。
日本に行かせなかったら。私が止めていれば。
毎日毎晩、同じ問答が脳内をループする。明けない夜が永遠に続く気がする。
いつものように そんな事を考えながら、ぼんやりとliv.netを眺めていたら、イヤモニに
+ 音楽
が流れてきた。
なんとなく聴き覚えのある、懐かしい気持ちになるメロディー。
今やliv.netでのivメッセージの解読は、世界的な流行になっている。特に日本人の熱量がすごい。
すでにARPは正常稼働し、別にivのメッセージを解読しなくても 支障や問題は何もないはずなのに…
元々ムダな事を嫌う性格であるエリザは、この流行にも、解読に夢中になる人々の事も、不思議で仕方なかった。
ただ、その不思議な人々の熱意のおかげで、エリザにもわからなかった、メッセージ解読が少しずつ進んでいた。
その中のひとつが、この音楽だ。
ノイズメッセージ単体ではなく、複数のメッセージをレイヤー合成する事で立体化し解読すると、音楽になるらしい。
エリザはこの解読結果に、とてもロマンを感じていた。
自分はARPにもivにも、こんなプログラムは施していない。
エリザの手を離れ、自分で成長したiv自身が、自分の意思を持ち、音楽という手段を使ってメッセージを送ってきたのだ。
その音楽に何の意味があるかは まだわからないが、確実に、ivは人類に何かを伝えようとしている。
どこかで聴いた事があるのかしら…liv.netの書き込みには、検索にもヒットしない、まったく新しい音楽だと書いてある。ivが創作した音楽なのだろうか?
目を閉じ、その音楽だけを繰り返し聴く。とても心地よい、気持ちが落ち着く音だ。
それはまるで、子守唄のように、耳から入ってきた音の粒子が身体中にゆっくり沁み渡り包み込まれるような、水の中をゆらりゆらりと漂うような。
エリザは、その音楽を聴きながら、久しぶりに深い眠りについていた。