TOP / STORY TOP(re-rendaring dawn) / SCENE 011
「Long time no see !! 今日は寝坊せんかったな」
登校中、うしろからキヨが声をかけてきた。相変わらず声が大きい。
「言うほどロングタイムでもねえわ」
先日の雪もすっかりとけて、今朝はぽかぽかと暖かく小春日和だ。冬の終わりももう近い。
「ARPがくれた短い休みもおしまいかあ」
「でも来週からまた春休みだろ」
緊急ロックダウンによる数日間の臨時休校を挟み、高校1年の3学期も残りあと1週間となった。
「なあ「liv.net」って知ってる?」
キヨが言う「リヴ・ネット(liv.net)」とは「listening iv.net」の略で、ARP回復の後、起動画面に加わった新しいサイトの事だ。
「あーアレね。あの謎のノイズ、ivからのメッセージなんだって?」
「そーなんよ!ね!プリンちゃん?」
誰もいない方を向いてキヨが言う。彼のアイギアには、プリンちゃんが隣にいる姿が映し出されているらしい。
以前キヨは、プリンちゃんを常に隣に表示していると言っていた。
「その通りよ♡キヨ」
そんなプリンちゃんの返事が、キヨのイヤモニには聞こえているのだろう。
何せ昨日、僕もまったく同じ質問をノノにしたからだ。
「今や世界中の注目の的!そりゃそうよね、ARPがofficialに出したクイズみたいなモンやろ?
解いたら賞金とか出たりしてー!」
liv.netのページを開くと、ARPの不具合が起きたあの日の明け方、寝ぼけながらアイギアで見たあの「謎のノイズメッセージ」のようなものがいくつも表示されていて、それらはすべて違うカタチをしていた。
同時に、解読しようとする世界中の人々からの検証コメントからなるスレッドがいくつも立ち上がっていた。
キヨが言うような、解読できた人への対価などの記載は何処にも見当たらず、ノノに聞いても「一切お答えできません」だった。
“この暗号を解きたい方はご自由にどうぞ”という事なのか。
「で、キヨも暗号解読にチャレンジしてるって事?」
下駄箱から取り出した上履きを床に落とし、ひっくり返ってしまった片方を足で直しながら訊ねた。
「オレにそんなモン解けるわけないやーん!解こうとしてる人たちのコメントを見てるだけで かなり面白いのよ!」
教室についてもまだ興奮しながら続けるキヨの「liv.netについて」講義を聞かされていたら、1時間目5分前の予鈴が鳴り、担任が教室に入ってきた。
「ホラ、みんな席に座れー」
僕の聞き間違いでなければ、さっき鳴ったベルはまだ予鈴だし、という事は1時間目が始まるまではあと5分あるし、そもそも1時間目はこの担任教師の受け持つ授業ではない。
「先生どうしたんですか?」
クラスの委員長が訊ねたが、担任は特に何も言わず、クラスの全員が着席するのを待った。
いつになく神妙な面持ちの担任の様子に、いつもはうるさいクラスのみんなも珍しくすぐ静かになり、言われた通りに着席する。
「1時間目が始まる前に、皆に伝えなければいけない事がある」
抜き打ちテスト?突然の転校生?担任の変更?いや、このクラスもあと1週間で終わる。
それとも何か…悪い報せ?
「先週はARPの不具合で休校となったが、その後 復旧したARPの起動画面に、新しくリンクが追加されたのは皆も既に知っていると思う」
まさか担任の口から出たARPとliv.netの話に、前の席のキヨが首だけこちらに捻り、大きく見開いた目を合わせてくる。
隠しきれない興奮を僕と共有したいようだ。
「えー…この「リスニング・iv・ドット・ネット」というリンクは、全世界共通仕様となっており、全ARPユーザーへの任意の依頼となっていて…」
担任の話し方が突然棒読みになった。
担任が装着しているアイギアにカンペが表示されていて、それを読み上げているのだろう。
担任の緊張した変な話し方に、クラスのあちらこちらからクスクスと笑い声が聞こえる。
「…というわけで、この取り組みに皆にも是非参加して欲しい、との事だ」
詳しくはサイトに記載されているので各自読め、との事らしい。
「賞金とか賞品とか出るんですかー?」
キヨが大きな声で質問する。
「知らん!」
担任が即答し、教室内が一気に笑い声で埋まる。
「ええ〜タダでやらされるのなんて、宿題みたいでヤダヤダー!」
キヨの駄々っ子のようなリアクションが、クラス中の笑いに拍車をかけ、笑い声が一層大きくなる。
「先生も、キミたち生徒にこれを伝えろと言われただけで、質問など一切受け付けてもらえんかった。だから何もわからんのだ。そりゃオレだって欲しいよ賞金!」
本音を叫んだ担任が一番笑いを取って、さっさと教室をあとにした。
「…学校の先生にまで言わせる依頼って なんかすごくない? 何なんやろうなコレ?」
キヨの興奮度はMAXだ。
こりゃ授業そっちのけでliv.netに夢中になるだろう。何せ学校公認という大義名分ができたわけだから。
担任が去り際に「授業中はしっかり授業に集中するように!」と言っていたが、笑いに包まれた教室で、その言葉をちゃんと聞いていたのは、生真面目な委員長くらいだろう。チラッと委員長の方を見たら、ほら、笑いもせず真面目に前を向いている。
始業チャイムが鳴り、1時間目の担当教師が教室に入ってきた…が、委員長が一向に起立の号令をする気配がない。
自分の役目を忘れているのか、それとも教師に気づいていないのか、職務に真面目な彼女にしては珍しい。
…どうやら委員長も、liv.netに夢中になっているひとりのようだ。
前を向いていただけで、その目はアイギアに集中していて、チャイムにも教師にも気付いていない様子だ。
自分の号令を待つ教室の静寂にようやく気づいた委員長。
再び、教室は笑いに包まれ、耳まで真っ赤にした委員長が、裏返った声で号令をかける。
「きき…起立っ」