TOP / STORY TOP(re-rendaring dawn) / SCENE 007
今から20年前…2005年末。
エリザにとっては人生最悪のクリスマスイヴとなった。
深々と降る雪の中、早朝から私の家にやってきたのは、トナカイの曳くソリに乗った白髭で赤い服の老人ではなく、何台もの黒塗りバンに乗ったスーツ姿で仏頂面の男たちだった。
彼らは気の利いたクリスマスプレゼントを持って来るでもなく、研究室にある私のPCやサーバーや記憶メディア、ファイル、研究成果の全てを、手当たり次第 段ボール箱に詰めて持っていく。
私はその機械的に行われるテキパキとした作業を、冷めたコーヒーを手に持ちながら ただ眺めているしかなかった。
遅かれ早かれ、このような事になるのはわかっていた。
いや、このような世界になる事を予見していたからこそ、私の半生をARP開発に捧げたのだ。
情報というものに価値を見出した どこかの偉い人達は、近い将来の情報化社会で独り勝ちを狙い、権力を振りかざして情報という財産を独占しようとする。
そういう者たちからすれば、私が作った「ARP」という、世界中のあらゆる情報を自動収集し それを世界中の人々に分け隔てなくシェアするという仕組みは、独占ビジネスの邪魔になる事はわかっていた。
まだ正式に施行もされていない、まるで私の自由を奪うためだけに作ったような法を盾に、私は、ARP運営管理責任者という立場と、私が作り上げてきたデータという財産をすべて取り上げられた。
お役御免というやつだ。
スーツ姿の盗賊たちが去り、ガランと静まりかえった研究室に残ったのは、私と、サンタクロースと呼ぶにはまだ少し若い、ロバート・アラン・ブルックス、ふたりだけとなった。
「キミにはこのような辛い思いをさせてしまい…本当に申し訳ない」
肩を落とすブルックスは、実年齢よりも老けて見えた。
「これは想定内の事ですから、気にしないで。ブルックス先生は何も悪くない。彼らはちょっと急で、乱暴で、タイミングが最悪で、デリカシーに欠けていただけ。気の利いたクリスマスプレゼントのひとつでもあれば、少しはマシな気分だったかもね」
自分ではにこやかに話したつもりだが、ブルックスにはそう見えなかったようだ。
より一層、申し訳なさそうにしている。
「ARPは生まれた瞬間から私の手を離れ、自分で学習と成長を続けている。あらゆる端末に自分をコピーして増殖するARPは、世の中から全てのデジタルデヴァイスとネットワークがなくならない限り、もう私にすらデリートできないわ」
「…コンピューターウィルスのように、かね」
眼鏡のスキマから見える、上目遣いのブルックスの目が、私を責めているように見えた。
「教授も賛成したはずです。情報を独占して世界を支配するような者が現れてはいけないと」
「ああ、その通りだ。初めて出会ったキミは13歳。とても無邪気で正義感に溢れたアイデアに、私も当然賛成したね」
ブルックスはそう言うと、深い溜息と共に、目を伏せた。
「ARPは私のものではなく、全人類の共有財産です。だから私は今回の議会決定を受け入れたんです」
「キミが嫌った「情報を独占して世界を支配しようとする者」という、不名誉で間違ったレッテルと共にか。なぜその話を議会でしなかった?」
部屋に沈黙が訪れる。
外からは、クリスマスイヴの朝を一面の銀世界に変えた雪に燥ぐ子どもたちの元気な声が聞こえる。
「もう…いいんです」
消え去りそうな声と溜息が漏れる。
悲しみに染まり光を失ったようなエリザの瞳には、壁に掛けられた1枚の写真が映る。
その写真には、エリザと、ひとりの少女が、溢れんばかりの笑顔で抱き合っていた。
ブルックスもその写真を見つめて呟いた。
「まさか…あんな事が起こるなんてな…」