TOP / STORY TOP(re-rendaring dawn) / SCENE 006
「ようやくお出ましか、ARPの生みの親」
ARP有事緊急対策室の後方ドアから、2人のSPに付き添われた女性が入ってきた。
「この度はわざわざご足労頂きまして…」
「私が日本にいる事をわかってて呼んだんでしょうから、別にわざわざでもないわよ」
アイギア内のマルチ画面越しに並ぶ政府官僚たちの形式的な挨拶を遮り、流暢な日本語でエリザは答えた。
「いやはや…」
苦虫を噛み潰したように引き攣った顔で愛想笑いしかできない役立たずな政治家たちには目もくれず、大きな溜息をつきながら、一時的に支給されたラップトップを開く。
「お久しぶりですね、Dr.エリザ」
「私はもうDr.ではないわ。知ってるでしょ? ファン」
旧知の仲である緊急対策室リーダー:ファン・タンに見向きもしないエリザの意識は、すでに目の前のラップトップの作業に集中している。
「ええまあ…では…Ms.エリザ、今回のARPの大規模なトラブルについてですが…」
話しかけるな、という圧を彼女の背中から感じ取り、タンは話すのをやめ、しばらくの間 淀みなく動く彼女のキータッチと、目まぐるしく変わるラップトップ上のウィンドウを眺め、作業の進捗を見守った。
数分の後、エリザはタンが手に持っていたタブレットを受け取り、そこに表示されたエラーレポートと、自分のラップトップのデータとを照合し確認する。
「…原因は…やっぱりivね」
「えっ?」
全スタッフの作業の手が止まり、部屋が静まりかえる。
エリザがタブレットから、ARPのコアサーバー内にある、見た事もないエリアにログインする。
どうやら、開発者しか入る事のできないエリアのようだ。
何重もの厳重なセキュリティロックを解除し、ARPコアサーバーの最深部に辿りつく。
「ARPのサーバーが不具合を起こしている前提で調査していたようだけど、この通り、幾重ものリアルタイム・バックアップとアップデートを繰り返しているから、現状、サーバーの損傷や稼働上のエラーは見当たらないわ」
確かに、エリザのラップトップに映し出されたサーバー監視画面やグラフは全て正常値を示している。
「ではなぜ正常にアクセスできないんだ?」
「ivが邪魔をしているのよ…」
「邪魔?ivが?」
タンは怪訝な顔で聞き返した。
「報告書に散見される「ノイズのようなメッセージ」…これの発信源がivなの」
「…通信エラー起因の表示バグだと思っていました」
スタッフが報告書を確認し、自信なさげに答える。
「ARPを介した通信に表示バグは存在し得ない。バグが発生した瞬間、独自解析して即時修復できるのが「ARP」でしょ」
エリザは、こんな基本的な事を言わせるな、といった呆れ顔だ。
「このノイズメッセージ、表示形式にある程度の法則が見られるから、テキストか何かだと思うんだけど…」
やりとりをモニターで見ていた政府官僚が口を挟んできた。
「おお、そうなんですね!きっとそこにヒントがあると!なら話は早い。生みの親であるMs.エリザなら簡単に…」
「…解析できないわよ」
エリザが目を伏せる。
「私がARP開発…いえ、この世界から追放されて今日に至るまで、そして今この瞬間も、ARPとivは成長を続けている。もう私が知るivとは違うわ。彼女の考えている事は、今の私には…わかりっこない」